努力の方向を間違えてはいけない。
たとえば毎日、血のにじむような練習をしていても、それがやり投げの練習だったらマラソンのタイムは速くならない。だからといって、それを砲丸投げに変えてもダメだ。投げる「モノ」の問題じゃない。問題は努力の方向だ。
せっかく練習をするなら、マラソンのタイムが速くなる方向に努力しなければならない。
いやいや、マラソンが速くなりたいのに、やり投げの練習してるやつなんているわけねーだろ、そう思うかもしれない。オレもそう思う。そんなやつはいない。いたとしたら紹介してほしいくらいだ。きっとおもしろいやつに決まってる。
「やり投げ」は「わかりやすい」間違えだ。そんなことを間違えるやつはいない。たぶん。
それでは「無闇矢鱈に脚を鍛える」という努力は正しい方向だろうか。
無闇矢鱈に脚を鍛えているランナーは多い。その方向で努力するのはわかる。
オレもレースに失敗したとき(ほとんどいつも)その原因をたどれば「脚が最後までもたなかった」となる。だから、日々の練習で「もっと脚を鍛えなければ」となる。出来るだけ速く、出来るだけ長い距離を、と走り込む。
しかし、その後のレースも一向に芳しい成績を収められない。
なぜだ?オレはやり投げの練習をしていたのだろうか。いや違う。オレはやりなんて持っていない。確かに走り込んで脚を鍛える努力していたはずだ(オレなりに)。
努力の方向を間違えていたんだ。
まず「無闇矢鱈」がマズい。字面からして間違えのニオイがプンプンしている。「無闇」が正解に導いてくれるはずがない。そして「矢鱈」だ。デタラメに決まっている。
「無闇矢鱈」が付けばなんでもダメになる。たとえそれが賞賛されるべき行為でもだ。
「無闇矢鱈」に親孝行をする。
その先に「お金の無心」が隠されているような気がするのはオレだけだろうか。
「無闇矢鱈」はマズい。だから、無闇矢鱈に脚を鍛えることは間違えている。ケガにもつながってしまう。
「無闇矢鱈」はマズい。だから、無闇矢鱈に脚を鍛えることは間違えている。ケガにもつながってしまう。
「ランニングエコノミー」という言葉をご存知だろうか。
努力の方向を間違えないための重要な言葉になるので、知っておいた方がいい。ちなみに、オレも最近知ったのでエラそうなことは言えないけど。知ったというか、意識するようになったというか。
ランニングエコノミーとは・・オレの解釈では「どれだけ省エネで走れているか」の指標だ。
いろいろな要素がからんでくる。必要なエネルギーは糖質がどうだ、たんぱく質がどうだ、とか。筋肉の動きについて、毛細血管がどうだ、ミトコンドリアがどうだ、とか。そしてランニングフォーム。
その他、詳しく掘り下げると、とんでもなく難しい話になってくるので、その辺は各自調べてみてくれ。だって、ミトコンドリアとか知らねーわ(笑)
それらの中で、オレレベルの頭でも考えられるのは「ランニングフォーム」についてだ。省エネで走るためのランニングフォーム、それを追求しなければならない。
そもそも、最近になってやっと「ランニングエコノミー」を意識するようになったのは「ランニングフォーム」を変えたからだ。数か月前からフォアフット走法を習得するためにがんばっている。それまでは、モロに「かかと着地」だった。
なんとかフォアフット走法を自分のモノにできてきたときに感じたのは、「楽に走れる」だ。「速く」じゃない「楽に」だ。そして脚に疲れが残らない。「なんだ、こんなに楽に走ることができるんだ!」目からウロコだった。
ちなみにオレだったらキロ5分とかそのくらいのペースでの話ね。それ以上のペースになると、楽に感じられるレベルではないので。それでも、かかと着地の時に比べれば楽だけどね。
ちなみにオレだったらキロ5分とかそのくらいのペースでの話ね。それ以上のペースになると、楽に感じられるレベルではないので。それでも、かかと着地の時に比べれば楽だけどね。
それ以来、オレが走るときに意識しているのは「いかに楽に走るか」だ。
それまでは「楽に走る」なんてまったく意識していなかった。まったくだ。
「苦しくてもがんばって走れば脚が鍛えられるんじゃないか」そう思って走っていた。脚が疲労で重くなってきても、ここで「踏ん張れば」強くなれる、そう思って走り続けていた。それでケガをすることもあったんじゃないかな。
きっと違うんだ。「苦しい」ってことは、何か間違えている可能性がある。
もちろん、年齢が若くて鍛えれば鍛えるだけ脚が強くなる時期もあるだろう。ランニングを始めたばかりなら、まずは「走る脚」を作るのが先決かもしれない。
でもオレは違う。今から脚が強くなることは期待できない。でも自己ベストは更新したい。
だったら、ランニングエコノミーだ。ランニングエコノミーを高めなければならない。燃費のいいクルマを目指すんだ。
スポーツの練習において「楽」は悪に考えられることが多い。科学より根性な昭和の時代に比べれば、だいぶ変わってきたとは思うけど。
それでもマラソンに関しては、まだ「苦しまなきゃ速くならない」みたいな考えを持つ人が多いのではないか。
まぁ、マラソンを走っている中心的な年齢層、40~50代はモロ昭和の人間だからね(笑)
その辺が思い当たる人は、ぜひ「いかに楽に走るか」を意識して走ってみてほしい。
努力の方向を間違えてはいけない。苦しみたいわけじゃない、速く走りたいんだ。楽に速く走れた方がいいに決まってる。苦しみたい人は止めないけど(笑)
そのためにランニングフォーム改善の努力をしようじゃないか。やりを投げていてはダメだ。足のどこで着地するのが一番脚に負担がかからないか・・追い求めてみよう。
そうすれば、たぶん・・フォアフット走法にたどり着くと思う。いや、マジで楽なんだよフォアフット走法。
今後タイム的にどれだけレベルアップできるかはわからないけど・・少なくとも20キロくらいまでなら楽に走れるようにはなったよ。まぁ、もちろんペースによるんだけど。おかげで、日々のランニングで「走るのが嫌だ」と思う日は減ったよね。
結局、嫌な日はあるのかよ。
そりゃあるよ。最近はもう寒いし。10月中旬だってのに、北海道はもう雪チラチラですよ。
ランニングエコノミーについて、調べても損はないと思う。
だからといって、ミトコンドリアについて詳しくなる必要があるのかは、わからない。
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コメント
コメント一覧 (10)
あとサーフィン無闇矢鱈にやってた頃に年1回も走らずにハーフマラソン出た時は2時間40分でしたw
これもフォーム改善のきっかけですよね!
「苦しくてもがんばって走れば脚が鍛えられるんじゃないか」それは違うよって昔の私に教えてあげたいです。
私は自分にぴったりのフォームを探し出すまでにすごく時間がかかって…。
フォームを直して怪我をして、フォームを直してまた少し怪我をして…を何度か繰り返しましたが、だんだん怪我の規模が小さくなっているということに気がつきました。もう少しで「ピッタリエコノミー」に辿り着けそうな予感がします。
「無闇矢鱈」にランニング系Youtubeを見るのもそろそろ卒業かなw。
へー、そんなことをYouTubeで言ってる人がいるんですね。そう言うなら、そうなんでしょうね(笑)
私もいわゆる正しいフォアフットにはなってないんだろうな~。所詮、ポンコツランナーですから。でも、ま、以前よりも脚が疲れなくなったのは間違いないんで、いい方向には変化できてると思います。だから正しいフォアフットじゃなくても、まぁ、いっか(笑)
動画見るのはわかりやすいよね。
自分が思ってるのと違う!ってなるもん(笑)
考えてみたら私も最近、無闇矢鱈にYoutube見てました(笑)主にランニングフォームに関するやつ。で、そこで知ったテクニックをいちいち取り入れたくなるんですよね。マジメか!
最近、ランニングフォームを改善したことで、だいぶ楽に走れるようになったんですけど・・なんでもっと早くフォームについて真剣に取り組まなかったんだろう、って思います。だーいぶ、遠回りしました(笑)
コメントありがとうございます!2日でフルとか、やってますね!
フォアフットが自分にとってベストなのかどうかはさておき・・フォーム改善はやってみるべきですよね!
だって、誰にも習ったことがないなら・・たぶんどっかこっか間違えてますよね(笑)
これからもお互いに、ベストなフォーム目指してがんばりましょう!
さてコロナ渦を理由に散々サボって一応サブ4ランナーだったはずですが今ではフルの完走はおろかハーフの2時間切りも無理そうなわたくしであります。
頑張り過ぎない。はい。これ大切ですね←サボり過ぎたヤツには身に沁みます。
それはさておき
瀬古の時代だとコーチから
『50km走してこい!』
『ハイっ!』
が、当たり前だったそうですが今は
『30km走してこい!』
『なんで?』
だそうです。懐古主義はさておき効率の良さの問題ですね。えぇ。あたくしのサボり過ぎは効率の良さと全く関係ない単純なサボり過ぎなんですけどもw
誰?
ウソです。
そうかぁ、「効率の良さ」ね~
って言ってもね、それはエリートランナーの話ですよね。私たちの場合はまだまだ「質より量」ですよ!(笑)
がんばりましょう、あまり無理はしないで。
「無理をしない」と「がんばらない」はイコールじゃないからね!