感動を口頭で伝えるのは難しい。
例えば、まだ記憶にも新しいパリオリンピック2024の体操男子団体戦。日本チームが金メダルを獲った感動。主将の萱和磨が叫んだ「あきらめるな!絶対にいける」という掛け声。不調で苦しんでいたエース橋本大輝が見せた、金メダルを決めた最終種目鉄棒の着地。その瞬間を見ていたオレは、今思い出すだけでも目頭が熱くなるほど感動した。
しかしその感動を誰かに口頭で伝えるのは難しい。

「主将がさー!あん馬から落ちて意気消沈している橋本にさー!あきらめるなって言ってさー!」

感動する前にウザいと思う。熱心に伝えれば伝えるほど、そのウザさが増すことはよく知られている。
それは「感動」に関してだけではない。「おもしろさ」も、その傾向にある。いや「おもしろさ」の方がタチが悪いかもしれない。YouTubeやInstagramのおもしろ動画をオススメされることはないだろうか。「誰それのドッキリ動画、マジで面白いから見てみ」なんつって。そんなオススメの動画を見て面白かった試しがない。

後から一人で見る分にはまだいい。オススメと同時に自分のスマホでその動画を見せてくるやつがいるだろ?それは地獄の時間と化す。
「な?おもしろいだろ?」「お、おう。これはヤバいな(引きつった笑顔)」そんな反応になってしまう。

ただ、実際に動画を見れるだけまだいいのかもしれない。先のオリンピックの話だって、今の時代、いつでも「実際」の動画を見ることができる。口頭で伝えることが難しくても、動画を見ればあの感動が伝わることもあるだろう。

しかし・・その感動が、口頭で伝えられる感動が「架空の出来事」だった場合・・どうだろう。ウザいどころの話では済まないはずだ。

「今さ、3区の選手が走ってるんだけどさ、魂の走りで一人抜いたんだよ!」みたいな話をオレは何度奥さんに話しただろう。それは「架空」の箱根駅伝の話なんだ。ウザいこと、この上なかったと思う(笑)

小説の話だ。今、もっとも売れっ子作家の一人、池井戸潤の小説「オレたちの箱根駅伝」の話だ。まずは読んでほしい。あなたがランナーであるのなら、そして毎年正月に箱根駅伝を楽しみにしている一人であるのなら、今すぐ読んでほしい。
つうか、もう読んだよね?よ、読んでない?それはマズいな。こんなブログを読んでないで!今すぐ本屋にGOだ。もしくはアマゾンなんかでポチってほしい。ほら、今すぐそのスマホで、そのPCでポチるんだ。

間違いなくおもしろい、はず。

まっさらな状態で読みたいのなら、この先は読まないでほしい。もちろんネタバレ的なことは書かないけど、多少内容に触れるので。あらすじ程度には。

オレは泣いた。通勤途中の地下鉄で泣いた。何度も泣いた。なんなら1区から10区まで走る10人全員の走りに泣いた。
地下鉄で泣いた時には、やめろ池井戸潤、そう思った。その涙をごまかすために、あくびを装ったがうまくいっただろうか。まぁ、誰もスマホを凝視する(電子書籍をキンドルアプリで読んでいるので)オッサンの涙に興味もないだろうが。

感動をくれた10人全員の走り、その10人は関東学生連合チームの10人だ。
そう、この小説は関東学生連合チームのタスキリレーを描いた物語なんだ。キーマンはそれを率いる監督だ。

説明するまでもないと思うが、関東学生連合チームとは本戦出場を果たせなかった大学から選ばれた選手で構成される。本戦出場を果たせなかったとはいえ、基本、予選会で優秀な成績を残した選手が選ばれている。

だから自己ベストのタイムなんかを見ると、決して弱いチームではないのだが・・勝てない。関東学生連合チームは勝てない。
勝てないどころか、いつも最下位近辺で終わる。どうしてなんだ。

オープン参加で正式な順位が付かないからか。自分の大学の伝統を背負っているわけじゃないからか。
じゃあ、関東学生連合チームの選手たちは何も背負っていないのか?そんなことはない。

1区から10区を走る10人全員の背負っているものが丁寧に描かれる。

どういう経緯で関東学生連合として箱根駅伝を走ることになったのか。それまでどういう家庭環境で育ってきたのか。どういう陸上競技人生だったのか。これが最後か。まだ陸上競技を続けるのか。なぜ今苦しい思いをして、関東学生連合チームのタスキをかけて前のランナーを追いかけているのか。

今までも箱根駅伝を描いた小説はいくつかあった。三浦しをんの「風が強く吹いている」だったり堂場瞬一の「チーム」だったり。「チーム」に関しては同じく関東学連選抜(2015年から関東学生連合チームと名称が変わった)を描いた小説だ。

どちらも箱根駅伝がリアルに描かれていて、とても面白い。しかし、それらのリアルさ、面白さは
あくまでも小説の中の出来事だ。少なくとも奥さんにそのレース状況を伝えたくなるようなリアルさはなかったからね(笑)

しかし、この池井戸潤の「オレたちの箱根駅伝」は違う。まるで「実際に」箱根駅伝のテレビ中継を観ているようなリアルさ、面白さがある。なぜか。

決定的に違う「視点」が加えられているからだ。

まず選手の視点があるだろう。そして監督の視点。コーチの視点。選手の家族友人恋人、関係者の視点。それはどの箱根駅伝小説にも見られる共通する視点だ。それ以外の、他の小説にはない(オレが知る限り)決定的に違う「視点」が加えられている。

テレビ局の視点だ。

箱根駅伝を生中継するテレビ局の視点が、この小説のキモといえるだろう。テレビ局の視点を通すことで関東学生連合チームの存在意義が浮き彫りになる。
「実際に」箱根駅伝のテレビ中継を観ているような気持になる。「これが陸上人生最後のレースになります」みたいなアナウンサーの実況中継の言葉に涙する。選手がどういう思いで走っているかがよりリアルになる。

そしてそのレースの模様を奥さんに伝えたくなる。架空のレースだってのに(笑)

この小説を読めば、きっと来年正月の箱根駅伝は今までと違う気持ちで観ることになると思う。楽しみが増えるという意味で。例えばアナウンサーの実況中継を今までよりじっくり聞いてしまうんじゃないかな。
そして関東学生連合チームをより応援してしまうと思う。(いつも応援してるけど)

あなたがランナーであるのなら、そして毎年正月に箱根駅伝を楽しみにしている一人であるのなら、ぜひ、いや絶対に読んでほしい小説だ。上下巻あるんだけど、読み始めたらイッキだと思う。





スポンサーリンク


コメント

 コメント一覧 (4)

    • 1. ゴロー
    • 2024年09月10日 20:32
    • 5 しぶけんさんがそんな、言うなら読んでみます😆
    • 2. シブケン シブケン(管理人)
    • 2024年09月11日 08:55
    • ゴローさん
      ぜひ!
    • 3. 通りすがり
    • 2024年09月12日 21:48
    • こんばんは

      ちょうど、20ページほど読んだところで、このブログ読んでしまったので、このブログは途中でやめて、小説読み終わったら、また戻ってきます(笑)

      読書家のシブケンさんがおすすめと聞いて、期待が高まりました。
    • 4. シブケン シブケン(管理人)
    • 2024年09月13日 13:05
    • 通りすがりさん
      なんというタイミング!
      読書家ってほどでもないですよ、難しいのは読まないので(笑)
コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット