
オレは安室奈美恵のファンでは全くない。
こう書くと、ややもすれば「アムロなんて聴かねーよ」なんて否定的なイメージで伝わってしまうかもしれないが、そうではない。
特に好きでも嫌いでもない、という一般的なオッサンの感覚だ。
どう考えてもオッサン向けの音楽ではないだろ?(笑)
一流のアーティストだということは重々承知している。
さらに「なんとなく」行った、なんて書くと、もしかして大ファンなのにチケットを買えなかった人の怒りを買ってしまうかもしれない。
いや、安室奈美恵の大ファンがこのブログを読むわけないな(笑)無用の心配だ。
特にファンではないオッサンが、なんとなく安室奈美恵のライブコンサートに行ってしまったライブレポをお届けしたい。
それ誰トク?って感じだけど(笑)
行くに至った理由
そりゃ、もちろん安室奈美恵が2018年9月での引退を発表したからだ。もう見ることができないなら、見るしかないだろ。超一流アーティストのライブコンサートを。
ラストコンサートツアーを。
つっても、もちろん自発的にチケットを申し込んだとかではない。
「ラストだから行かね?」と誘われて「そだねー」って軽い気持ちで答えただけだ。
そんなナメた態度のオレが(笑)観れたわけだから、とてもラッキーだったよね。
客の性別年齢層
やっぱり基本的には女性だ。だからオレみたいなオッサンのなじむ場所ではない(笑)
それは間違えてとなりの結婚式場に足を踏み入れてしまったような。
まぁ、それでも夫婦やカップルが多いので、男子禁制、的な割合ではない。
ある程度の男性客はいる。
ただどうだろ、あの場に男だけのグループっていたんだろうか。
あまり見たくない光景ではある(笑)
たとえばクリスマスイヴの夜に、野郎の集団が居酒屋で乱痴気騒ぎをしているような。
いや、そんな集団は見なかったけど。
驚くのは、その年齢層の広さ、だ。
下は小さな子供や10代、上はお年寄りまで幅広い。
国民的スターといったところか。
終始完璧なショー
まずオープニング演出の完璧さにオレは驚いた。詳しくはここに書くべきじゃないと思うので詳細は控えるが、大画面モニターに映し出される映像に、会場のライティングに、それらの演出の完璧さにうなるしかない。
そして本人登場だ。
「あの曲」ではじまった。誰でも知ってるあの曲だ。まずは「聴かせる」。
会場はのっけから最高潮だ。
そして安室奈美恵といえばダンスだろう。
徐々にダンスナンバーへとステージは加速していく。
完璧だ。どこをどう切り取っても完璧だ。
終始完璧なダンスパフォーマンスだ。
周りをかためる男女20人くらい?のダンサーも完璧だ。
きっと百戦錬磨のダンサー達なのだろう。
完璧なショーだ。
オレはライブに足を運ぶ経験は多い方だと思うが、ロックバンドのライブが多い。
それらとはまったく別のものだ。
ロックバンドのライブは、やっぱり主とするところは生演奏だろう。
その不確実さが魅力でもある。
それとは違う。完璧なショーだ。
歌もダンスも映像もライティングも一体となった完璧なショーだ。
まぁ、歌に関していえば、超絶うまい、とかそういう類のものではない。
もちろん、ヘタクソって話ではないぞ。
基本的に深めのエフェクトがかかっていて、たとえばそれは楽器の音色の一部だ。
歌もリズムも楽器の音色もダンスも映像もライティングも渾然一体となって織りなす完璧なショーだった。
知ってる曲は半分くらいだったろうか?
いや、こんなオレが半分も知ってるんだから、どれほど世の中に浸透しているかってことだよ。
それでもまったくヒマになることもなく、やっぱり一流のアーティストはすごい。
「なんとなく」行ったわりには、かなり楽しんだと思う(笑)
気になったこと
最後にくだらない話を聞いてほしい(笑)とても気になったことがあったんだ。
なにもかもが「安室奈美恵」ではなく「namie amuro」だったことだ。
たとえばこういうことだ。
「本日はご来場いただき、ありがとうございます」的な場内アナウンスがあるじゃない?
こうアナウンスされるんだ。
「本日は「ナミエ・アムロ」コンサートにご来場いただき・・」みたいな。
おわかりいただけるだろうか?
名前のつくところすべて「ナミエ・アムロ」なんだ。
「アムロ・ナミエ」とは言わないんだ。
ここは日本だぜ?そう思ったんだ。
名字→名前の順番じゃダメなのかって。
まぁツアータイトルとか印刷物はアルファベット表記だから「namie amuro」になってるんだけどさ。
これは「芸名的」なものなのだろうか。
それとも「世界」を意識したものなのだろうか。
「世界」といえば北野武に決まっているが、日本国内のイベントで
「それではタケシキタノさんの登場です」とか言うかな?言わないよな?
ことあるごとに「ナミエ・アムロ」なんだ。
昔はそのまま日本的な読み方で「安室奈美恵(アムロナミエ)」となっていたような気がするけどな。
たとえばテレビ番組で、たとえば浜ちゃんが「次はナミエ・アムロさんです!」なんて呼び込むことはなかったように思うのだが。
そんなのどうだっていいだろ、多くの人はそう思うかもしれない。
確かにそうなんだけど、やっかいなのが「アムロ・ナミエ」も「ナミエ・アムロ」も語感的にそう変わらない、ということなんだ。
たとえば「猫ひろし」と「ひろし猫」だったら全然違うだろ?違和感すらあるだろ?
なぜに猫ひろし。
でも「アムロ・ナミエ」も「ナミエ・アムロ」どっちも違和感ないじゃない。
だから「ナミエ・アムロ」が当たり前にインプットされてしまうんだ。
ついつい口にしてしまうということだ。
英語なんかまったく話せない国際感覚ゼロのオレがだよ?
友人にこう言ってしまうんだ。
「この前さ、ナミエ・アムロのコンサートに行ってきたんだよ」
「欧米か!」みたいな(古い)
油断するとこんな恥ずかしいことになることだけは憶えておいてほしい。
Follow @shibu_ken
スポンサーリンク
コメント